スリランカで紅茶のテイスティングとブレンドの術を習得。約10年の挑戦を経て、沖縄のテロワールをまとった紅茶を生み出し、沖縄を世界的な紅茶の産地へと育て上げた。現在、自社の紅茶作りのほか、様々なカフェやホテルにおける紅茶の監修やオリジナルブレンドも手掛け、ブレンダーとしてのみならず、紅茶生産者として講演等も行なっている。
1993年商社勤務時代、紅茶貿易のためにスリランカへ移住。多くの紅茶農園や工場を回る中、ある農園で出されたミルクティーを口に含んだ瞬間に景色が変わるほどの衝撃を受け、改めて紅茶に魅せられる。その後、スリランカの紅茶職人達に師事し、紅茶の生産に関わる全ての現場を渡り歩き、産地や標高、収穫時の雨量までもが舌でわかるほどの豊かな経験を重ねた。
1995年、紅茶貿易の仕事で何度も訪れていた沖縄へ移住し、茶葉の輸入販売や紅茶に関する講師や執筆活動に従事。沖縄がスリランカと同じ赤土を持ち、インド・アッサムと同緯度に位置していると気づき、2000年より紅茶栽培を始める。気候などの条件は紅茶作りに最適であったが、満足のいく紅茶ができず、より良い品種を探し求めた。
沖縄での紅茶作りに試行錯誤する中で、研究機関に残っていた貴重な国産優良紅茶品種「べにほまれ」と出会い栽培に挑戦。ところが、様々な条件が合わず、2000本を枯らす結果に。2007年、最も好条件が揃うと見込んだ金武町に畑を移し、地元農家と協力しながら高いレベルの紅茶を目指す。
金武町から紅茶原料産地化を受諾され産地化事業をスタート。その後、経済産業省の地域資源認事業認定やJAPANブランド戦略策定年度事業認定等、紅茶産地としての沖縄の可能性が国内外で評価され始める。取組み開始から10年が経とうとする2009年、「べにほまれ」が成木に育ち、沖縄が産地として世界に認められるテロノワールを持つ「琉球紅茶~月夜のかほり」が誕生した。
沖縄の紅茶産地化に取り組む一方で、テイスターおよびブレンダーとしての技術を活かし、国内大手ブランドやメーカーのOEM製品を手掛ける。テイスティングが可能な年齢は、舌の感覚が衰え始める60歳までと言われている中で、限られた時間を意識しながら後継者育成も視野に入れ、「紅茶がもたらすひと時の幸せを、みなさまにお届けしたい」という想いで一杯の紅茶へと情熱を注いでいる。